今年も一年あっという間で、2016年最後の更新になります。
今年最後のお題は、最近ご相談をいただいた「遺留分の放棄」について、書きたいと思います。
ご相談)在日韓国人のAさんには子供が3人(B・C・D)いて、配偶者がすでに死亡しているため、Aさんが亡くなった際の相続人は子供3人となります。しかし、子のうちCさんは以前からAさんのいうことを聞かないばかりでなく、Aさんに対してたびたび暴言を吐いたりする始末で、Aさんとしては、なとしてもCさんに遺産を渡したくありません。逆にCも、「Aさんの小言をきいたり、面倒をみたりするのは嫌だし、遺産なんていらないので放棄してやる」といっています。
はたして、Aさんが亡くなる前に、Cさんの相続分を取り上げることはできるのでしょうか。
私は、「難しいと思われますが、可能性はあります」とお答えしました。理由は以下のとおり。
1.国際私法の適用
日本の国際私法である法の適用に関する通則法36条により、相続に関しては「本人の本国法による」ことになります。また、韓国の国際私法49条1項も同様に規定しているため、今回の例では、韓国人Aさんの本国法が韓国法であることから、原則的に韓国民法が適用されることになります。
2.Aさんが死亡する前の相続放棄
韓国民法では、日本民法と同様に相続開始前に相続放棄することができる規定がありませんので、Aさんの死亡前にCさんに相続放棄させることはできません。
Aさんが亡くなる前にCさんが亡くなる可能性もあるわけですから、当然と言えば当然でしょう。
3.相続欠格
韓国民法1004条には、次のとおり相続欠格となる事由が列挙されています。当然ながら相続欠格となると、CさんはAさんの遺産を相続することはできません。
(1)故意により直系尊属、被相続人、その配偶者、又は相続の先順位や同順位を持つ者を殺害し、あるいは殺害しようとした者
(2)故意により直系尊属、被相続人とその配偶者に傷害を与え、死亡に至らしめた者
(3)詐欺又は強迫により被相続人の相続に関する遺言、又は遺言の撤回を妨害した者
(4)詐欺又は強迫により被相続人の相続に関する遺言をさせた者
(5)被相続人の相続に関する遺言書を偽造・変造・破棄又は隠匿した者
したがって、AさんとしてはCさんの行いが許せないとしても、Cさんの行いが上記の欠格事由に該当するとは考えるのは困難です。
4.遺言
Aさんが、遺言で「全財産をBさんとDさんに半分ずつ相続させる」といった内容の遺言を作成した場合はどうでしょうか。
遺言は、遺言者の真意の実現を目的とした制度ですので、このような遺言も当然有効です。
しかし、残された推定相続人の権利保護の観点から、日本民法でも韓国民法でも、推定相続人には遺言をもってしても奪えない最低限の相続分が確保されています。これを「遺留分」といいます。
したがって、上記のような遺言をしたとしても、Cさんには遺留分があるため、CさんにもAさんの遺産をの一部を相続する権利が残ります。
5.推定相続人排除
では、Cさんから遺留分を取り上げあることはできないのでしょうか。
日本民法892条には、推定相続人を排除する次のような規定があります。
「遺留分を有する推定相続人が、被相続人に対して虐待をし、若しくはこれに重大な侮辱加えたとき、又は推定相続人にその他の著しい非行があったときは、被相続人は、その推定相続人の廃除を家庭裁判所に請求することができる。」
したがって、Aさんに対するCさんの行いが、上記に該当する行為であると家庭裁判所に認定されれば、AさんはCさんに遺産を相続されずにすみます。
しかし、韓国民法には、推定相続人を廃除することができる規定がないため、この方法によることはできません。
6.遺留分の放棄
Aさんの死亡前に「相続放棄」をすることができないのは、1.のとおりですが、「遺留分を放棄」させることもできないのでしょうか。これが認められれば、Aさんが4.の遺言をし、Cさんに遺留分を放棄させることで、AさんとCさんの要望を実現することができます。
日本民法1043条には、次のような規定があります。
「相続の開始前における遺留分の放棄は、家庭裁判所の許可を受けたときに限り、その効力を生じる。」
したがって、家庭裁判所の許可をうけて、Cさんが遺留分の放棄を行えばAさんとCさん双方の要望を実現することができます。
しかし、推定相続人の廃除の規定と同様、韓国民法には、相続開始前に遺留分を放棄することができる旨を定めた規定がありませんので、これによることもできません。
7.反致による相続開始前の遺留分の放棄
1.でお話ししたとおり、本事案ではAさんの本国法たる韓国法が原則的に適用されますが、例外があります。
それは、韓国国際私法49条2項1号に基づき、Aさんが遺言で自身の相続の準拠法を日本法に指定した場合です。
この場合、相続に関連する事項は日本民法によって処理されるため、CさんはAさんの死亡前に遺留分を放棄することができることになります。
しかしながら、大阪家庭裁判所が、「相続の準拠法を日本法と指定する遺言の効力は、遺言者の死亡により効力が発生するところ、遺言者の生前においては、いまだ遺言の効力は発生しておらず、よって、被相続人(遺言者)の将来の相続に関しては、被相続人の本国法である韓国民法が適用される」として、日本民法の適用を認めませんでした。この決定は大阪高等裁判所でも維持され、最高裁判所でも棄却されていますので、この方法によることも困難であると言えます。
8.遺言による推定相続人の廃除
以上を踏まえると、Aさんが亡くなる前に、Cさんの相続分をとりあげることは困難ですが、可能性が残る方法としては以下の方法が考えられます。
Aさんが遺言をもって、自身の相続に関して日本法を準拠法に指定し、さらにCさんを廃除する旨の遺言をした場合です。
この方法をとった場合、Aさんの死後に、家庭裁判所がCさんのAさんに対する行いが廃除の要件を満たすと認定すれば、Cさんは遺留分を含めて一切の遺産を相続することはできません。
まだまだ続きを書きたいことろではありますが、時間の関係上、これにて今年の投稿の締めくくりとさせていただきます。
来年もよろしくお願いいたします。皆様、良いお年を。